DaiGoの炎上 発言は理解できる?

DaiGoの炎上 、実は私は一部ちょっと理解できます。
こんにちは。クリエイティブデザインラボの岩崎です。

さて、先日DaiGo氏が優生思想とも取れる発言で、色々なメディアが面白おかしく書き立てていますね。
この発言を如何様に取り扱うのか、どう考えるのか、容認するのか批判するのか。
考え方は人それぞれで良いかと思いますが、だからといってこれでその人の人格を攻撃したり、自分の考えを押し付けて必要以上の悪として祭り上げたり、何なら私刑的リンチをするのは全く間違っていると思います。

私もTwitterにこう書きました

近く、メディアはもっと視聴率、購買数、閲覧数を伸ばすべく過激に表現し、より彼を悪者に仕立て上げるでしょう。
今のメディア、特に芸能関係の人たちにできる仕事なんてその程度です。

さて、今回はこのテーマにお伝えしていきましょう。



DaiGoの炎上 そのからくり

今回の騒動、まぁこういった差別的なことが大嫌い(メディアとしては大好物)な会社の記事から引用。

DaiGo差別発言の炎上収まらず YouTubeチャンネル凍結されれば、ビジネスモデル崩壊も〈dot.〉(AERA dot.) – Yahoo!ニュース

この騒動を振り返ると

DaiGoは7日に公開したYouTubeの動画で、「僕は生活保護の人たちにお金を払うために税金を納めているんじゃないからね。生活保護の人が生きていても僕は別に得しないけど、猫が生きてれば僕は得なんで。猫が道端で伸びてたら可愛いなぁと思うけど、ホームレスのおっさんが伸びてると『なんでこいつ我が物顔でダンボールひいて寝てるんだろな』と思うもんね」と発言。「自分にとって必要のない命は僕軽いんで。ホームレスの命はどうでもいいんで」と続け・・・

ふむ、まぁ叩かれそう。DaiGoの炎上 ネタにはうってつけww
ただこれ、困ったことに一部ではありますが私理解できるんですよ。

大前提として、この人の所得はエグいです。そこらへんの同年代の方ではまず太刀打ちできない収入があるでしょう。それだけ税金を納めているわけですし、その税金の使い方に物申したくなる気持ちもわかる。
ただ、納税額の大小で国民の権利に変動が発生するとしたら、それはこの国の憲法に保障された平等から外れるのでそれは違いますね。

生活保護の方への言及は、「こう言う考え方もあるんだな」程度。
ホームレスに関しても、色々な背景があってのこともあるでしょうし、そこに意見をするつもりはないです。
ただ、社会安全面が脅かされるなら規制されるべきかもしれないです。

では何が理解できるのかというと、「自分にとって必要のない命は軽い」と言うところ。
世の中では「ありえない」とか「優生思想」とかこの言葉そのものを批判していますが、もう少し講義の意味で捉えると、ちょっと違う気がするんですよね。



DaiGoの炎上 理解できるところはある?

DaiGoの炎上 原因でもある「自分にとって必要のない命は軽い」と言う言葉、ものすごく強い言葉ですよね。
ですが、これ角度を変えると子を持つ親の真理として、大多数の方が持たれている思想ではないかな?とも考えています。

例えば、です。

「自分の子供が病気になった。このまま何もしなければ死んでしまうが、薬を飲めば完治する。そしてその薬は一つしかなく、それは今ここにある。」

とします。
同時に「だけど同じ病気で地球の裏側の国の、1人のホームレスが苦しんでいる。どうしますか?」
と言われたら。

さて、皆さんどうしますか?
私はとても簡単です。一瞬の躊躇もなく「我が子に使ってください」です。
順位?残酷?そんなん関係ないですよ。「すまんけど、我が子のために薬使いますー」って、顔も知らない地球の反対側の人に心で言いながら私が悪者になります。

命に順位はないだの命は等しいだのいってる人は、迷うってことですよね。
もっと言えば、この問題の対象が子供と犬でも迷うと言うことです。
「人の命は・・・」と考えた時点で論理が破綻しています。

これ、命の順位付けですよね。
でも、やるんですよ。人間て。自分と我が子が同じ状態になったら迷わず我が子。これもやると思う。

こうやって考えるとDaiGo氏の発言は全てが悪に印象付けられようとしていますが、これはいい、これはダメで発言内容を切り分けて考える必要があることがわかります。



DaiGoの炎上 食い違う意見の正体

流石にこの問題に擁護的立場を取るのは、かなり社会的立場を不利にしてしまいかねないから表立って擁護する人はいないですね。
だから、と言うわけではないですが、第3者の意見がぶつかりません。
通常は容認派と否定派がぶつかる訳ですが、流石にそれはなさそうです。

しかし、では容認派がいないのか?というとそうでもないんです(笑)

「DaiGoさん何もしていない」ひろゆき氏が炎上に投じた私見 | FRIDAYデジタル

やっぱり出たこの人w
でも、いっていることはこちらも理解できます。
確かに、渋谷駅周辺の再開発で2020年頃に高架下が宮下パークとして新しくなりましたが、その際ベンチは一人掛けようの手すり、かつ湾曲した仕様。地面には突起物を並べ、ホームレスを追い出しました。

ホームレスに対するDaiGo氏の意見に批判や批評をするなら、そもそもこの問題に対しても声をあげている必要があるんですよね。
今、このDaiGo氏の発言を叩いている人の多くは、都合よく人を叩ける問題だから便乗している感じがどうしても拭えない。
また、一つのことを取り上げて全体を悪者にしてしまうやり方、それに染まってしまう思考、そういったものに対しても、常に問題を一歩引いて眺めてみることが必要かなと思います。



DaiGoの炎上 に垣間見える今

兼ねてから言われていることですが、他の国はどうだか知りませんが、今の日本が抱える問題がありますね。
マスコミ、メディアはおそらくこの問題をとても面白おかしく伝えるでしょう。
人権だの命だのに触れた彼の意見を批評すると言う立場で、彼の人権を無視して面白おかしく書き立てるでしょう。

わかりますか?
悪だとしたやり方も、悪を叩くために同じ方法をとってもそれは正義になる、と勘違いするのがマスコミです。きっとやりすぎるでしょう。

しかし、やりすぎるにも理由があります。
理由は、若者のメディア離れ。ここを取り込まないとメディアの数字は伸びません。そして困ったことにDaiGo氏のコアターゲットや顧客はその若者です。

子供が構って欲しくてより悪ことをするように、数字欲しさにメディアはより過激に、より辛辣に、DaiGo氏の人権を踏み躙り、人格を否定する記事や報道を展開するでしょう。
その時、コメンテーターや記者は興奮と高揚の中にいます。まさか自分が、「人権を踏み躙る人の批評」を理由に自分が誰かの人権を踏み躙っているとは夢にも思わないでしょう。
思っているけど、口にしないだけかもしれないですけどね。



DaiGoの炎上 からみる人の心理

色々な意見があって然るべきです。ですし、行動を起こしていない以上、それは個人の意見として封殺されるべきものでもないでしょう。
ですが、本人がそうせずとも、その人に心酔する人がその人の言葉を鵜呑みにし行動に移してしまうかもしれない。

そういった意味では、大袈裟に言えば多少言論統制はあっても良いのかもしれない。
これは本当に難しい問題。もちろん、発信者の道徳的思考に依拠するのが本来なのですが。

また、一つの部分を取り上げ、さもすべての発言が悪いように仕立て上げてしまうことも問題。これ、転売屋対策と一緒で「はいはいまた言ってるよ」くらいに適当に流してしまうスルー力も必要かもしれません。
必要な情報の取捨選択と、問題をマクロに捉えて切り分ける能力が必要かな、と思います。

皆さんはこの問題、どう捉えましたか?
まずは全体を捉え、理解できること・できないことを切り分け、自分ならどうするかを考えることが大事かなと思います。





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