自分もそうだったから で生まれる負のループ
自分そうだったから と言う思考はすでに老害なので要注意。
こんにちは。クリエイティブデザインラボの岩崎です。
「自分そうだったから」という理由で新しいものを拒否したり、今の若い人の環境が良くなることを快く思わない人がいます。
例えば
- 小学校にエアコンを入れるのは反対
- タブレットを幼少から触らせるのは反対
- 入社歴の浅い人にそこそこ性能の良いパソコンを与えるのは反対
- 男性の育休取得は反対
- などなど。考え始めれば枚挙にいとまがないでしょう。
この思考を少し深く考えてみて、対応方法を考えてみようと思います。
自分もそうだったから はなぜ生まれる?
年齢を重ねた人が意見を挟み、それが効率を下げたり悪影響を及ぼすことを老害と言います。「自分そうだったから」と言う言葉全てがそれに当てはまるわけではありませんが、結構な確率でこれは該当します。
そして、その言葉には往々にして明確な理由がなかったり、非科学的だったり、要するに「それはあなたの意見(わがまま)だよね?」と言うことが多くあります。
では、なぜこういった「自分そうだったから」と言う言葉が口をついてしまうのか。
こんなことが言えるのでは?
その1 羨ましい
これはとても単純です。私もそうでしたが、小学校にエアコンはありませんでした。
とても暑くて、夏の学校はやだなぁと思ったものです。
ここで、今の学校でエアコン導入となったら、「自分の時はなかったのに贅沢だ」「夏は暑いのが当たり前」なのだからエアコン導入は反対だ、となります。
だって自分が不快だったものを今の子供達が解消されていたら、「良いなぁ・・・」ってなりますよね。
それが羨ましくて認められない・だから「自分もそうだった んだから我慢しろ」となります。
その2 ずるい
羨ましいに似ていますが、嫉みみたいなものです。
上記と違う例で言うと、例えば自分が若い時に機械や効率の問題で10の時間がかかっていた。しかし、今は若い人に少しお金をかけて設備を揃えれば、同じ仕事量が5の時間で終わる。
自分はその倍かけていたのに。「ずるい!」
「自分もそうだった んだ。お前たちも苦労しないとずるい!」となります。
もはや意味不明。しかし職場にいる老害の正体はこれです。
その3 知らないからヤダ
もはや子供(笑)
ですが、変化を恐れたり、新しいものを否定したりする人の心理の多くはこれです。
新しいものを導入すると言うことは、新しく学ばないといけません。
年齢に関わらず、新しいものが好きな人、テクノロジーが好きな人は「知らないこと」よりも「新しく知ることができること」が大好きです。
ですが、それは一握り。できることなら今の環境が変わってほしくない、と考える人は結構多いものです。
老害というよりは、これは心理です。ダイエットが中々できないとか、勉強の計画を立てたのにできないとかは、結局「努力していない自分のほうが心地が良い」ということです。
これと一緒で、新しいことを自分の環境に受け入れるということは新しいことを始めるということ。しかしエネルギーを使いたくないという心が、進化を阻害します。
「自分もそうだった」を言い訳にして、過去にしがみつき変化を嫌う。
知らないことは新しいこと。新しいことはエネルギーを使う。
だから反対するのです。
環境を変えるのは考えられない
人間は、これまで形成された常識や思考は簡単に変えられません。
常識として認識してしまうと、逆にそれを変えることに強い違和感と反発を覚えます。
これは後ほど育休問題に触れますが、「これまでこうだったじゃん?」とか「自分もそうだったじゃん?」となったものは簡単には変えられません。過去の事例をもとに考える、といえば聞こえはいいですが、これまでの正誤を判断せずにそれを引き合いに出します。
なぜこうなるのかというと、「当事者として考えなくていい」のと「責任を持たなくていいから」です。
この4つのポイントを踏まえて、これからあなたに降り注ぐ問題を反対すれば、あなたも今日から立派な老害の仲間入りです。
では、具体的な例と対応についてちょっと考えてみましょう
自分もそうだった が阻害する育休の推進
男性の育児休暇の取得が叫ばれて久しい今日この頃ですが、それでもまだまだ取得率という意味ではメジャーとは言い難いでしょう。
これにはいくつも理由があって、代表的なものは以下の様なものです。
- 休むのはなんかずるい
- その人がいない間、他の人に負荷がかかる
- 自分が上司である場合、業務としてめんどくさくなる
- 単純に人手不足になる
こう言ったところでしょう。
しかし、個人的にはもっと大きな問題があって、
- 育児休暇って何?
- 取得するものなの?
という本来その決済をする会社の上の立場の人、つまり50代くらいの男性は理解できない状態というのがあります。
これは嫌味とか、意地悪とか、意識のある嫌がらせではありません。
知らないし、わからないのです。
自分が若かりし頃、育児休暇をとる男性がいなかった。つまり男が育児をすることに思考が及ばない。そのため、「育児のために男が休みを取る」ということ自体に認識がなく、それが信じられない。結果として罪の意識もなく「自分もそうだった」ということを理由に、男性の育児休暇の取得を納得しないという背景があります。
- 若い時に育児休暇をとる人がいなかった。
- 「取得する」という常識が形成されなかった。
- 立場が上がった時、常識外のことを進言されても理解ができない。
- その組織に「育児休暇をとる」という思考が形成されない
- 若い人に、同じ常識が形成される
という最悪のループが生まれているのが、現在の多くの会社です。
これの解決方法は会社によって異なりますが、しかし人事がどれだけ行っても現場の意識が変わらなければ、上記の常識を保守し続けたい人たちは問題を隠蔽・先送りするでしょう。
自分もそうだった が生む最悪の結末
お気づきだと思いますが、「自分もそうだった」という言葉は変化を受け入れない言葉です。進化を自らの手で放棄し、より良くなることを選択していません。
もしも周りが変わっているのに「自分もそうだった」を使い続けると、間違いなくすぐに時代に取り残され、競争力もなくなるでしょう。
そうでなくても、「自分もそうだった」という言葉を使う以上、進化・変化をしませんから、いっさいの成長が止まります。自分自身はどんどんと頭が硬くなり、話についていけず、敵を作りやすい。
会社などの環境では、変化を求める優秀な人材はどんどんと流出し、業績は下がる。そうでなくても、より良い環境整備を放棄しているため、信頼関係の構築ができなくなり、組織量が落ちる。
何でも変化をしろとか、どんなものも受け入れろ、というわけではないです。
「自分もそうだった」という言葉を使わず、どんな効果があるのか、そのアイデアをとり入れることで「相手に」どんなメリットをもたらせるだろうか?と考えましょう。
最後に強烈な言葉を。
「自分もそうだった」は自分しか考えていない人が使う言葉です。
相手のこと、あなたのことなんて微塵も考えていません。
あなたが「自分もそうだった」という側の人間になりませんよう、お忘れなきよう。