価値観の違いがお金の価値の違いを生む

こんにちは。クリエイティブデザインラボの岩崎です。

働き方改革だ、生産性の向上だと、人々が働く環境に対する論争は耐えることがありません。

これにはお金に対する考え方も実は起因していて、給料を受ける側と出す側には考え方や価値観に大きな隔たりがあります。

という訳で、前回の子どものお金に引き続き、今回は給料にスポットを当てます。

『給料をもらう』ことを考える

さて、そもそも給料とは何でしょうか。

就活生にセミナーをするときには、その言葉から本来の意味をお伝えするのですが、社会人にとってみればきれいごとなどは不要です。

給料とは、簡単に言えば『労働力の対価』ですよね。

では、労働力とは何でしょうか。

じつは、ここが給与を払う側と受ける側の考え方にギャップのあるケースが多いのです。

今ネット上などで騒がれている「労働の対価」への考え方として、「要した時間に対して正当に支払う」というものがあります。

これは決して間違っておらず、これを認めなければ残業代も保証されないし、安い賃金で働かされることになってしまいます。
しかし、一部の意見としてはさらに突っ込んでいて、理由はともかく「そこにいればお金が発生する」という考えがあります。

また、賃金は保証し、しかし人らしく生活をするために、その人本位で休日を選べ、決められた労働時間のみで、さらに可能な限り人同士は無関心で・・・的なことを考える人がいます。

感覚的には、今の20代の人ら比較的聞く意見な気もしますが、それはおそらく私の気のせいでしょう。

かたや、雇用する側の「労働の対価」というのは「その活動に対してどれだけ利益をもたらしたのか」という部分になります。

ただし、このお話をする前に大前提として、この話はあくまで雇用する側の願望であり、雇用主はその人を雇用すると決めた以上は、収益にかかわらず給与を支払わなければなりません。

それを踏まえたうえで、お金は無限に湧き出るものではありません。

ですから、支払うためには原資が必要です。そしてその原資とは、言わずもがな売り上げであり、利益です。つまり、それを生み出さない従業員は「労働」と定義するには足りず、したがって「対価」も考えに及びづらくなる、というからくりが生まれます。

お金を払う側ともらう側の意識の違い

雇用した以上払って当然。でも我々は人間なのだから、自分本位の生き方をする権利もある
VS
給与は払う。ただ、その為には必要な収益を生んでほしい

という構図。

お分かりだと思いますが、見ている部分が異なるので、これはまず折り合わない問題なのです。

では、給与を支払うということは同じように行われているのに、また金額も大きく変わらないのに、幸福度や満足度の高い人と低い人もいます。

次回はこれについて考えていきます。

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2019年3月24日(日)

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